ルーツ

自分のご先祖さまがどこから来て、どんな生活をしていたか・・・・
そんなことを探ってみたこと、ありますか?

私の父は、東京の深川の生まれで、その又父(祖父)は石川県の出身だったそうです。
何故、それが東京に出てきたのかは、わかりません。
石川県には多分親戚がいたのでしょうが、ほとんど付き合いは無かったようです。
そして、私が生まれる前に祖父母は亡くなってしまったので、故郷石川の話を
聞いたことはありません。

そして、母のほうはというと、祖母が千葉の出身ということだけは
分かっていますが、あまりにも関係が複雑で、正直よくわかっていません。

今回は夫の父のルーツとなるべき家を訪ねてきました。
その家は、今は夫の従姉妹夫婦が所有していますが、
夫の父の姉・・・つまり伯母が嫁いだ家です。
それが何故ルーツともなるべき家なのか?・・・というと
伯母はいとこ同士で結婚していて、伯父さんに当たる人が
伯母や夫の父のの父として、婿養子に入っているからです。
わかります?何だか複雑でしょ? 

そのルーツともなるべき家は、昔から林業を営んでいました。
伯母が嫁いだ頃は、22軒の家があったそうですが、今では
住んでいるのはたったの2軒だそうです。

従姉妹夫婦は結婚を機に、町のほうへ家を建てて移り住み
山の中の家は、その後町の子どもたちの林間学校の場として
使われていたそうです。

前置きが長くなりましたが、これがその家です。

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みんなで記念写真を撮りました。 多分最初で最後の写真かな・・・・

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この家は1883年に建てられた家で、『明治・大正・昭和初期の古民家を大切にする会』の
登録古民家なんですよ。

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1883年以前にも家は建っていたそうですが、火事で焼けてしまったのだそうです。

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この写真に見える飾り板ののようなものは、ケヤキの木なのですが
これはそのケヤキの木を輪切りにした4分の1の状態だそうです。
いかに大きなケヤキだったかがわかります。
そして、このケヤキがこの家の大黒柱として使われたそうです。
これがその柱です。

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幅が30センチ以上ある柱です。 その他、家を建てる際の材木は
すべて自分の山の木を切って使ったのだとか・・・・すごいですよね。

家の中はこんなです。 暗いのであまりうまく写せませんでした。

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まだ、五右衛門風呂がありましたよ。 

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こちらが、この家に住んだ初代の人(?)らしいです。
この人の息子さんが夫の曽祖父ということになるんだそう・・・・

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家の裏にとても大きな槙の木がありました。
この木、この地方で一番古くて大きな木なんだそうです。
槙の木というのは、普通こんなには大きくならないんだとか・・・・

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家のまわりには、綺麗に枝打ちされたヒノキの林がありました。

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山の木を育てるというのはとても地味な仕事です。
そして、自分が植えた木が日の目をみるのを見るということは
まずないですね。
次世代の人がやっとその木を切って材木になるんですから。

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向こう正面に見える山も従姉妹夫婦の持山とのことですが
なんと自分の持山ばかり通って室生寺に行けるというのを
聞いて、びっくりしてしまいました。
この家から室生寺まで、歩いていくと5.5キロ、直線距離にすると
2キロほどとのことですが、それが全部自分の山だなんて想像もつきません。

一度は行ってみないとね・・と言っていたルーツとなる家に
思い切って行き、ご先祖さまの息吹を感じて帰ってきました。
次は夫の母のほうのルーツを探ってみようかと話しています。
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Commented by pinky at 2013-06-26 23:47 x
タワラジェンヌさん、こんばんは!

なんて立派なお屋敷なんでしょう!
由緒正しき家柄なんでしょうね。
山を守って暮らしていらしたんですね。
木を伐り出すのは100年に一度の事、一代お気になるそうですね。
私の友人が、親の代で伐り出したから自分の代は育てる代なんだとがっかりしていたのを思い出しました。
立派な大黒柱もご自分の山から切り出されたものなのでしょうね。
柱はもとより、桁の太さにもびっくりです。
座敷の材はそれより新しい様なので、その後改装されたものなのでしょうか。

綺麗に手入れされた林も凄いとしか言いようがありません。

自分のルーツは、調べたことがあります。
十数年前までは、遠縁のものでも簡単に戸籍を取ることが出来たんです。
子供が、自分のルーツを探るをテーマに夏休みの研究をしたので
それで調べたんですよ。
面白いことに遡っていったら、途中で夫の家系と繋がったんです。
不思議ですね。
Commented by Neko★ at 2013-06-27 10:25 x
わあ~立派なお屋敷ですね。
登録古民家・・・門からして、立派ですね。
友人に、古くからの銘木店に嫁いだ子がいますが
材木を置いておく川沿いの中庭≪広場≫を、ぐるりと囲んだ塀が
昔は、職人さん達の住居だった・・・とか

なんだかそんな雰囲気ですね。

ルーツですか~

↑pinkyさん!へえ~びっくり~人類皆兄弟って、ことでしょうか?



旦那様の方ですよね?林業ですか・・・
Commented by にしけい at 2013-06-27 12:31 x
何か壮大な歴史本を読ませて頂いているような感じで
読ませてもらいました。
昔は家系がいろいろややこしかったですねー
私の亡くなった伯父も 長男なのに三郎です^^;
なんでかな~って中学生くらいに不思議に思い
祖母に尋ねてみました。
三郎さんの母です。
まあ詳しくは言ってくれなかったですが 三郎さんの父にいろいろあったようでして…
中学生なりにこれ以上聞いてはいけないと察した次第です^^;
もちろんジェンヌさんのご主人のお家ではそんなことは無いのでしょうが 厳格な祖母にもいろいろあったんだな~って思いました。

立派なお家をこれからも相続していくのはとても大変なんでしょうけど できるだけ古民家として遺していってもらいたい 素晴らしいお家ですね。
Commented by tae at 2013-06-28 12:01 x
こんにちは。ほんと、りっぱなお屋敷ですねー。林間学校に使われていたとの事ですが、今も、ですか?お部屋もきれいにお手入れされて、五右衛門風呂なんてなつかしぃー!(笑)。実は、50年以上も前、鳥取に住んでた時のお風呂がこれだったんですよ。こういう古民家を”にしけいさん”がおっしゃるように相続して維持していくのは大変だと思いますが、ぜひぜひ残していってもらいたいですね。我が家はルーツ探しとは少し違うのですが、一昨年から私の兄姉6人(私が末っ子で長男とは15歳離れてる)が今のところ皆健在なので一年に1度集まり2泊の旅行をして祖父母や、両親とのセピア色に変わった写真を見ながら盛り上がります。7人もいると思い出の場所や時代が違うので、話を繋げていくと母が生まれた大正時代までさかのぼる事もあり、それを年表にして家系図を作ってます。私自身は幼少時代を過ごした、鳥取、福岡、門司、田川、など、姉と一緒に辿りました。こうして昔の事を振り返って懐かしむのも歳を重ねたせい??でしょうか・・。
Commented by はちきんイジー at 2013-06-28 12:03 x
こうして 家がのこているって 素晴らしいですね

五右衛門風呂  子供の頃 入っていました

その家はさほど古いわけではなかったと思いますが、、、

私にはきになる人がいます

祖母の実母 です

訳があり 祖母をうむなり 家に帰されました

明治時代は そうした離婚も多かったそうです

で、、、そんな事を数年前に ブログに書いたら

なんと先日 祖母の実母の父親の玄孫さんから コメントを頂きました

ネットって すごいですね

Commented by クロはち at 2013-06-28 18:53 x
お父様の顔が浮かびます。
ルーツ 我が家は 岡山と大阪 今があるのはご先祖様のおかげですよね。
でも 日々忘れています タワさんみたいに いつか
追いかけてみたいな・・・
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 09:59
★pinkyさん
こんにちは!

一つ一つの柱がとても太くて、がっしりとした造りで
あることがひと目見て分かります。
この材木一つ一つを手で切り出して、製材し、
家を建てたのですから、昔の人ってすごいなと
改めて思いました。
今の世では、このような家はお金が掛かりすぎて
建てられないでしょうね。
従姉妹の代で一度改装していると聞きましたので
座敷の材は新しいのだと思います。

昔は山師さんというのが居て、木の手入れを
していたそうです。
その頃はもちろん手作業ですから大変だったでしょうね。
今は枝打ちも機械でするそうです。

pinkyさんもご自分のルーツを調べたことが
おありだったのですね。
そうですよね~今は個人情報保護とかで、簡単に
戸籍を見ることができませんから、ルーツを探るのも
大変かも!
え~、遡ったら、途中でご主人さまの家系とつながったのですか?
昔は従姉妹同士で結婚することも多かったので
そういうこともあったのでしょう。
従姉妹の家系も、同じ山持ちの家と娘・息子を
もらったりやったりということが多かったそうですから。
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 10:04
★Neko★さん
こんにちは!
門屋のところも人が住めそうなくらいの広さがありました。
柱の太さも今の家の4倍くらいはありそうでしたよ。
畳の大きさもまったく違うので、同じ8畳でも
とても広かったです。

この辺りも従姉妹の家と他の2軒が山持ちの家で
他の家は、その山を手入れする山師(職人さん)さんたちの
家だったそう。

昔は遠縁同士でとか、従姉妹同士でという結婚が
多かったので、遡ると繋がっているのでしょうね。
はい、夫の伯母の嫁いだ家が林業だったんですよ。
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 10:08
★にしけいさん
こんにちは!

私も今回初めてちゃんとしたルーツを知りました。
昔は兄弟が多かったりすると養子に出されたり、
従姉妹同士で結婚して財産を守ったりと色々と
あるみたいですね。

こうしてルーツを知るというのは、ちょっとスリリングでも
ありますが、面白かったです。
さすが林業をしている家だけあって、立派な材木を
使って建てているので、まだまだ大丈夫そうです。
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 10:16
★taeさん
こんにちは!
私が結婚した頃は林間学校に使っていましたが
それが何時ごろまでなのかは、分かりません。
この五右衛門風呂に子どもたちがわいわい言いながら
入ったそうですよ。
そうですね~維持していくのは大変だと思います。
人が住まなくなると、家って一気に傷みますものね。
従姉妹たちはたまに行って泊まったりしているようです。

taeさんはご兄弟が7人もいらっしゃるのね。
羨ましいわ。私は兄が1人だけなので、正直つまりません。
だんだん年を取ってくると、こうして兄弟揃って集まるのは楽しみですよね。
思い出話に花を咲かせて、そのたびにご両親や祖父母のことを思い出す・・・・
何よりの供養にもなりますね。
思い出の土地をめぐるのもいいなあ・・・・・
父が亡くなる前、どうしても石川に行ってみたいと
連れて行ったことがあります。
住んだことはなくても、両親の生まれた土地だというだけで懐かしかったのだと思います。
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 10:20
★はちきんイジーさん
こんにちは!

田舎だと、まだまだこうした古い民家が結構残っているんですよ。
夫の実家も多分150年以上の古民家だと思います。

私たちの子どもの頃は、五右衛門風呂って結構ありましたよね。
親戚の家にあったのを覚えています。

昔は、色々と結婚に際してもあったようですね。
夫の祖父の妹も、体が弱かったようで、嫁ぎ先から
帰されたとか・・・・

え~そんなことがあったのですか?
ネットの力、恐るべしですね。
Commented by tawrajyennu at 2013-06-30 10:22
★クロはちさん
父自身は石川には住んだことがなかったのですが
従姉妹とかが住んでいたようです。
父の兄弟たちは、何度か訪ねたことがあったらしいですが
何故か父は行かなかったようで・・・・
でも、年を取ってきて、一度両親の故郷を見てみたかったのでしょうね。

一度、ルーツを調べてみると面白いですよ。
夫の母のほうも4代前までは分かっているのですが
それ以前がわかりません。
Commented by emilia2005 at 2013-07-01 04:14
すばらしいお屋敷ですね。平成の今日まで様々な人の手によって当時の姿が維持されてきた、その重みに感動しました。わがやのルーツを調べる際に、弁護士という職権で叔父が、役所に保管されていた大昔の土地関係の書類のコピーを貰ってきました。昔の言い回しで分かりにくいのですが、細々と12代続いたわがやが、実は土着民ではなく「よそ者」と知って、軽いショック。と言っても、隣り村からの流れ者なんですが…。長年かけて叔父が作った家系図。若い頃なら見向きもしないのに、歳のせいでしょうか?繰り返し眺めています。長女の私が海外に妹も関東に嫁いだので、わがやは父の代で終わりです。
Commented by kinnnikumans at 2013-07-01 13:01
タワラジェンヌさんこんにちは\(^o^)/
わぁ、本当に立派な家、いやお屋敷だと思いました。
こうして記念撮影まで出来るのは
やはり、代々大切にされてきた場所がこうして残っていて
家族の誰かがその思いをどこかで受け継いでいるから
こうして実現できた事なのだろうなぁと。
こんなに大きくならないはずの槙の木も
なんだか神秘的なものを感じます。
私もそういえばブログを始めた頃に
父の方のルーツをさぐりに皆で旅行した事がありました。
先祖が木地師だったので、そのルーツを探しに・・・・。
ただ、場所がものすごく山奥で、
資料館も不定休でやっているような所だったので、
行ったらお休みで(ガーン)ちょっと残念でした。
母の方は色んな国が混ざっているようで、
ひいおじいちゃんはポルトガル人だったそうですが
自分は行ったこともない国で、ピンときません(゜゜)
Commented by tawrajyennu at 2013-07-02 16:33
★エミリアさん
こんにちは!山の中にこれだけの家を建て、そこに
暮らす人々のことを思うと感動すら覚えます。

まあ、職権でルーツが分かったのですね(笑)
今の世だったらとても出来ないことですけど
その時、調べておいてよかったかも。
若い頃は、家系図とかってあまり興味持ちませんよね。
私たちも、この年になったから興味が出てきたんだと思いますが。
自分たちが今あるのはご先祖さまたちのお陰なんだと
改めて思うようになりました。
そうでしたか・・・・エミリアさんは海外に、妹さんも関東なのですね。
夫の父の実家も実は途中で本筋が途切れてしまって
いたんですよ。
婿養子に入ったものの、お嫁さんが亡くなったらしくて
他の家からまたお嫁さんをもらったようです。
Commented by tawrajyennu at 2013-07-02 16:39
★ジャックちゃん
こんにちは!
昔の家は、ほんと立派ですね。
この家は林業をしていたから、特にではないかしら?
田舎の家も、柱とか梁とかは今の日本の家に
比べるとずっと太いですよ。

夫の父方は、いとこ同士がとても仲がよいので
こうしたことも実現できたのだと思います。

ジャックちゃんもルーツを探したことがあったのですね。
ほう、ご先祖さまは木地師だったのですか。
木地師というと、加賀あたりに多いですね。
また機会があったら行ってみるといいかも。
そうだった、そうだった・・・お母様のほうは
ポルトガルだけではなく、色々な国が混じっているのですね。
ヨーロッパは陸続きだから、そういうことも多いのかもしれませんね。
いつかひいおじいちゃんの国、訪ねてみてはどうかしら?
もっと身近に感じるかもしれないね。
by tawrajyennu | 2013-06-26 23:04 | 日常のこと | Comments(16)

大阪の中心地から電車で30分もかからないところに住んでいますが、周りは何故か田んぼに畑・・・・『トカイナカ』都会に近い田舎に住むタワラジェンヌな私の日常を綴っています。


by tawrajyennu
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